京都府立医科大学雑誌に寄稿した「部門紹介」文を抜粋・改変(追記)したものです。
部門紹介「感染病態学」
教室の沿革・概要
感染病態学教室は、(旧)微生物学教室と(旧)医動物学教室を前身として、2011(平成23)年度より発足した基礎医学系の教室です。大学院科目名は「感染病態学」ですが、医学科では「感染病態学(微生物学・医動物学)」として両教室の名前を冠し、学生教育に従事しています。施設は(旧)医動物学教室を継承しています。医動物学教室の歴史は1948(昭和23)年、伝染病研究所(現東京大学医科学研究所)より本学へ招聘された小林 晴治郎先生による教室開設に遡ります。その後、第2代 長花 操 教授(1959-1970年)、第3代 吉田 幸雄 教授(1970-1989年)、第4代 有薗 直樹 教授(1989-2011年)を経て、2011年に中屋 隆明(本稿文責)が大阪大学微生物病研究所より着任し、現在に至っています。また、中屋は2002年より2005年まで当時の微生物学教室(現免疫学教室)の助教、学内講師として研究、教育に従事しました。
当教室(3、8階)が入っている基礎医学学舎には、中央研究室(4-5階)や実験動物センター(B1F-2階)などの研究施設が集中しています。また、研究用のBSL3(感染実験用)室が4、5階にそれぞれ1室ずつあり、充実した研究環境の中で、教員、ポスドク、大学院生らが各々の研究に従事しています。当教室発足当初から、社会医学系および臨床医学系の教室に籍を置く多くの大学院生も当教室にて研究を行い、これまでに博士課程の学位取得者が13名、2024年度末現在も7名の大学院生が研究に従事しています。また、修士課程の学位取得者4人はそれぞれ社会人として活躍しています。加えて、これまでに、1年以上在籍した(留学生を含む)ポスドク4名が、当教室の教員とともに、国外研究機関と感染症に関する共同研究を活発に行っています。
教室の研究
当教室の研究理念は、病原体に対する研究を通して感染症の病態を理解し、その対策法を開発することです。そのために、ヒト病原体の病原性機構解明を目指す基礎研究を基盤としつつ、本学の特性を活かす形で学内の基礎・社会医学系および臨床医学系の諸教室と連携し、感染症の検査・診断法の開発研究や予防医学(ワクチン学)研究に取り組んでいます。
研究課題の一つに「高病原性鳥インフルエンザウイルスの病原性機構解明」があります。高病原性鳥インフルエンザH5N1ウイルスとの出会いは、中屋が微生物学教室に在籍していた2004年に遡ります。京都府内で家禽・野鳥のH5N1ウイルスアウトブレイクが発生し、当時の今西二郎教授(微生物学教室)が指揮を執られてその対応に当たりました。ニワトリなどの家禽は京都府の農水系のBSL3施設で検査ができたのですが、野鳥(環境省管轄)は対応できず、京都府庁の依頼を受けて本学基礎医学学舎BSL3施設で私達教室員が検査することになりました。その過程で、府内で発見されたあるカラスの死骸由来試料を発育鶏卵に接種した際に、接種後2日目に鶏卵が死んでいることを確認し、卵殻膜を取り除いてニワトリ胚を直接見た時の衝撃は忘れません。生育が止まり、全身血だらけとなった胚はまさしくウイルスの増殖を確信させるものでした。その後、H5N1ウイルスはトリからヒトへの散発的な感染を世界中で起こし、その致死率は50%を超え、SARS-CoV-2出現までは次のパンデミックウイルスの第一候補となっていました。今なお世界中でH5N1流行は続いており、現在アメリカ合衆国では野鳥から乳牛への感染およびミルク中の高濃度感染ウイルスの存在が問題となっています。
(2026年6月追記)米国では、2024年3月以降、乳牛や家きんへの曝露に関連したH5N1ウイルスのヒト感染が散発的に報告されている。初期の症例の多くは結膜炎や軽度の呼吸器症状を主体とする軽症例であったが、2024年12月にはルイジアナ州で高齢かつ基礎疾患を有する患者の重症例が確認され、2025年1月に死亡が報告された。CDCの集計では、2025年春までに米国で報告されたH5N1ヒト感染は計70例、死亡は1例であり、その後、2025年11月にはワシントン州でH5N5によるヒト感染・死亡例が別途報告された。なお、米国内ではこれまで持続的なヒト—ヒト感染は確認されておらず、CDCおよびWHOはいずれも一般公衆へのリスクは低いと評価している。
H5N1ウイルスの病原性機構解明に関する研究は、中屋が2005年に大阪大学微生物病研究所(微研)に特任准教授(principal investigator : PI)として異動したことを契機に開始し、遺伝子改変法を用いた組換えH5N1ウイルスのヒト気管支上皮細胞における傷害機構に関する研究を立ち上げました。10種以上のウイルスゲノムcDNAを細胞に同時に導入する遺伝子改変インフルエンザウイルスの作製系は、中屋が1998年より留学していたアメリカ合衆国マウントサイナイ医科大学微生物学教室(Peter Palese教授)において取得した技術です。2011年末に中屋が、次いで翌月に共同研究者であった大道寺智助教(当時 )が本学へ異動し、さらに2015年には渡邊洋平学内講師(当時)が同じく微研より当教室に加わることになったことに伴い、H5N1および他の鳥インフルエンザウイルスに関する研究を発展させ、2012年以降の関連論文発表数は26となっています。
また、本学消化器内科学教室に所属していた廣瀬亮平医師は、大学院生であった2014年より当教室においてインフルエンザウイルスの腸管感染に関する研究を開始しました。学位取得後は消化器内科学教室助教(府健康福祉部・医務主幹併任)として活躍する一方で、当教室において、生体外環境中の病原微生物の伝播機構に関する研究に従事し、2024年4月からは当教室講師、2025年4月より准教授に昇任し、基礎研究に専心することとなりました。COVID-19パンデミックに際しては、本学法医学教室と共同で剖検体由来のヒト皮膚表面上におけるSARS-CoV-2の感染動態に関する論文(Clin Infect Dis. 2021 Dec 6;73(11):e4329-e4335.他)を発表し、国内外で高い注目(上記論文のCitation:125、Altmetricスコア:3115)を集めました。
このようにして進めてきた「環境中におけるヒト病原微生物の伝播・感染機構の解明研究」は当教室のcore competencyであり、 動物感染試験に代わるオルガノイドやヒト由来組織を用いた感染動態研究、およびミスト化ウイルス感染系を用いた気中伝播機構の解明に関する研究をさらに発展させたいと考えています。
一方、生体内を含む環境中に存在する細菌叢やウイルス(ゲノム)を網羅的に解析するメタゲノム研究は、中屋を含む複数の研究者が微研において未知病原体の探索を主な目的として2007年頃に開始した研究テーマです。当時は次世代シーケンサーの1回の解析コストが極めて高額であったため、解析の失敗は許されないという大きなプレッシャーのかかる研究でしたが、methodologyをまとめた論文(PLoS One. 2009;4(1):e4219.)は現在も引用されており、そのScopus CIは現在200を超えています。当教室におけるメタゲノム研究は、新規病原体探索から患者生体内の微生物叢の網羅的把握による特定病原体と疾患との関連を解明することへと推移しており、2016年に免疫学教室(博士課程修了)より当教室助教へ採用された西岡敬介講師が中心となって臨床系教室の大学院生や学外研究者との共同研究体制を構築しています。
後進の育成は急務であると考えています。教室の発足期に参加した大道寺講師は2023年4月より母校である酪農学園大学獣医学類の(独立)准教授に招聘されました。この同時期に当教室に6年間在籍した村越ふみ助教が東北大学学際科学フロンティア研究所助教に転出し、2024年4月に東京農工大学獣医微生物学の(独立)准教授として異動しています。村越先生は山田稔研究准教授(2017年定年退職、以降は本学客員教授)と共に当教室の寄生虫研究に従事してきました。30歳代後半でPIとして研究室を運営する立場となり、そのセットアップが大変な時期ではありますが、本学で進めてきた原虫感染症における原虫共生ウイルスのインパクトを解明するユニークな研究を更に進めていくものと期待しています。さらに渡邊講師が2024年12月に東京慈恵会医科大学医学部(ウイルス学講座)教授に栄転しました。上記の二人の(元)講師は40歳代後半という研究者として最も充実した時期を迎えており、本学で培った経験を基に、今後は研究室を主宰する立場で各々の道を切り拓いていくものと確信しています。また、これらの先生方は現在も本学特任教員として当教室との共同研究を推進しています。さらに2024年11月に石田快・徳島大学大学院医歯薬学研究部特任助教が本学助教に着任しました。若い教員の今後の活躍に期待をしています。
このような現教員のプロモーションのみならず、将来の研究者としての大学院生の育成および学生の教育・研究に対する指導(法)のアップデートは教室を挙げて常に取り組む課題であると考えています。近年、当教室で研究を続けた医学科学生が筆頭著者(Microbiol Spectr. 2025 Sep 18:e0117025., Commun Biol. 2022 Nov 5;5(1):1188.)あるいは共著者(PLoS Pathog.2024 Oct 22;20(10):e1012427.、iScience. 2023 Jan 20;26(1):105742.、Virol J. 2021 Sep 15;18(1):187. J Gen Virol. 2021 Jun;102(6). )として発表論文に名を連ねる機会が増えてきました。現在も複数の学生が教員指導のもと、限られた時間を工面して研究を続けており、これからの活躍を楽しみにしています。
文責:中屋 2025年3月(2026年6月改変)